2013年5月29日水曜日

パラダイムと専門バカ

 野家啓一『パラダイムとは何か』を読んだのだけど、パラダイム概念の基礎的意味、クーンの生涯と業績、科学史、クーンに向けられた批判等々をコンパクトにまとめていて非常に読みやすかった。類まれな良書だと思う。

 で、パラダイムというのは根本的には、「科学に基礎的方法や設問といった模範を提示し得た科学的業績」、まとめると「模範的業績」のことを言うらしい。後続の学者はその人の手法や問題設定に範を取って、研究を進めるというわけである(歴史学で言うとランケとか?)。

 ここで更に興味深いのはクーンの「科学者像」。クーンはニュートンやアインシュタインといった、科学に新しい模範(パラダイム)をもたらした天才的で革命的な科学者よりも、型通り(パラダイム通り)に地道にコツコツと専門研究を重ねる科学者を重視したという。地道な専門研究を積み重ねるからこそ、新しい発見を成し得るのだという感じ。このような専門パカ科学者を「通常科学者」なんて言うらしい。

 これに反対したのがポパー。通常科学者は「憐れむべき人物」だとバッサリ。「通常科学者は、悪しき教育によってドグマ的精神を叩き込まれ、パズル解きに満足するようになってしまった犠牲者にすぎない」。科学者たるもの、常に柔軟で新しい発想を持ち、何事にも疑問のまなざしを向け、世界の説明を塗り替えるくらいの意気込みでなければならないそうだ。

 ポパーは「あるべき姿」を提示して、クーンは「現にある姿」を述べた、そんな印象。

 私はクーン派です。歴史学的には、専門バカならぬ実証主義はよく、汲々として細かいからつまらんと言われ、広いテーマででっかい話をしろなんて叱られたりするけれども。しかし、細かい研究には、それならではの洗練された知というのがある。木簡研究なんてのがその代表例じゃないだろうか。だから実証主義が悪いと思ったことは全くない。まあ実証主義こそ唯一の方法であるからお前もそうしろ、と強制されたら抵抗するかも、いやしないかも。
 無理に手を広げてノイローゼにかかるより、小さくとも良いから安心して座れる基礎に腰掛けるのがよっぽど良い。無理してまで理想を目指す必要はないんじゃないか。

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